![]() http://www.rich-adviser.com |
サラリーマン/OLの給与に頼らない資産経営!サラリーマン/OL資産運用研究! |
||
| MENU | 偉大な投資家に学ぶ | ||||||
|
|||||||
| 偉大な投資家−ウォーレン・バフェット | |||||||
世界一の投資家ウォーレン・バフェットは投資の世界では誰も知らない人がいないほど有名です。バフェットはビルゲイツに次ぐ世界第2位のお金持ちです。 バフェットは世界大恐慌の中、1930年にアメリカ中西部のオマハで誕生・・・ 父親は株の営業マンでしたが失業し経済困難の中で育ちました。お金持ちになりたいという意思が強かったのかもしれませんね。 バフェットはコカ・コーラが大好きでしたが子供の頃、6缶25セントで買ったコークを1缶5セントで売ってお金を稼いでいたという話があります。14歳の時には新聞配達で大人と同じくらいの月収をもらっていたとか・・・ バフェットは投資家としての才能がずば抜けていましたが、経営者としての能力もありました。もしかすると子供の頃のこのような経験がバフェットを育てたのかもしれませんね。 バフェットが19歳の時に師匠のグレアムの理論を読み、コロンビア大学でグレアムから学び優秀な成績をおさめました。卒業後はグレアムの元で働くことを望んだのですが、グレアムはユダヤ人を優先して雇用するためと言って断られてしまいました。 大学在学中には株式投資ですでに株式投資で利益を上げ、3万5千ドルのお金を作り上げていたようです。 卒業して数年は父親の経営する会社で株のセールスマンをやっていましたが、バフェットは営業が得意でなかったようです。1954年念願だったグレアムの会社に入り、グレアムのもとで働くことになります。 1956年グレアムが引退するとともにバフェットは自分の会社バフェット・アソシエイツを設立。投資会社としてお客からお金を集め運用して始めたのです。 1965年バフェットは繊維会社バークシャー・ハサウェー社を買収します。バークシャー・ハサウェー社は保険会社を買収し豊かなキャッシュを得ることになります。バフェットはこのキャッシュを資金に新聞会社、銀行、保険会社へ投資するようになり利益を上げていきます。 バークシャー・ハサウェー社を繊維会社から投資会社に変えてしまいます。バフェットは設備投資を必要とする上、既に成長性を失った繊維業を立て直すのではなく大きなキャッシュをもたらす保険業を通じて、投資を行いバークシャー・ハサウェー社の株式資産を増やしていきます。 バークシャー・ハサウェー社株式資産の推移 1971年 1170万ドル 1975年 3900万ドル 1978年 2億2000万ドル ものすごい成長率ですね。 バフェットを有名にした出来事にソロモン事件が上げられます。 投資先であるソロモン・ブラザーズの社員が1991年8月不正な取引をしたことが、その事実を隠していたことが発覚し、37ドルだった株価が下落。連邦銀行からも目をつけられ会社の存続が危なくなった時、バフェットは会長になり一時的に経営に乗り出しました。バフェットは公正取引委員会に対し情報開示に努め結局ソロモンは不起訴となりました。その後も誠意をもって対処し、93年には株価は47ドルまで回復しました。 この間バフェットは無給で会長を勤めたそうです。 バフェットが投資家として注目されるのはもちろん株式投資で大金持ちになったからですが、株式投資で成功したした人は他にもたくさんいます。資産の桁が他の投資家とは比べものにならないほど多いからです。 バフェットの保有していた代表的銘柄とその特徴をあげてみます。 アメリカン・エキスプレス ・クレジットカード市場をほぼ独占している優位性のあるフランチャイズ企業 ・過去10年間売上げが伸び続けている ・クレジットカードが必需品位なりつつあった ・製品ではなくサービスを売っているため設備投資が少なくて済む ワシントン・ポスト ・キャサリン・グラハムが経営者として評価できた ・新聞発行事業、テレビ事業から大きな収入が得られた GEICO(損害保険会社) ・代理店を通さない直接販売による経費削減 ・売上高利益率の安定 ウォーレン・バフェットのことについては次の本で読むことができます。 参考文献 マンガ ウォーレンバフェット −パンローリング 森生文乃− バフェットで勝つ −総合法令 江守哲− |
|||||||